毎度のことですが、この内容はあくまでも筆者の主観なのであしからず。
RWD(Real World Data)という言葉が流行りだして数年たつと思います。心のなかでずっと思っていたこと、それは「RWDって本当にリアルなのかなぁ」でした。
そもそも、そのデータがどんな方法で収集されたのか、どのような状況で発生したものなのか、そこには何らかの不自然さはないのか…と気になってしまうのです。
例えば「多くの人が景気の後退を感じています」という報道を見ても、「それってアンケートに答えた人の中での比率だよなぁ。全然景気良いよと思っている人は答えなかったんじゃないかなぁ。」なんてことを考えてしまいます。
そういった偏りは当然あるという前提にたち、その上で普遍的な評価ができるように研究デザインなどを工夫するといういままでの考え方は、RWDを扱う場合でも変わらないものだと思います。すなわち、そのデータは、いつ、どこで、誰が、どのように測定し発生したものか。そしてどのように収集され、処理されているのか、といったデータの素性を常に明確にしておくこと。これはデータの品質を保証する上での基本であり、RWDだから…とおざなりにはできないのです。
プラトンは「国家」において、”洞窟の比喩”として人々が実像と思ってみているのは影絵で、真実は見えていないと世界を例えていました。サン・テグジュペリは「星の王子さま」において、”本当に大切なものは目に見えないんだよ”と言っていました。いずれも筆者に大きな影響を与えた本で、おかげで物事を斜に見る変わり者になってしまったのかもしれません。
だからこれからも筆者は、「RWDだよ」と見せられても本当かなぁ、Is it real?と心の中で問いかけ続けるのだと思います。